★完璧な短編傑作『楢山節考』を見る


★『楢山節考』:全61ページ

ある程度、本を読んでいる人だとチラチラと『楢山節考(ならやまぶしこう)』という作品名の記載を目にするようになる。気になるがどうでもいいので放っておく。しばらく放っておくが、そのうちまた別の本で『楢山節考』の名前を見かけたりする。それでも無視してみるが、やはり、またどこかで出会うことになる。いい加減、気になってそろそろ読んで見ようかなぁという気になり本屋で探してみると、マイナー作品過ぎてまず置いていない。大きい本屋にもなかったのでアマゾンで購入した。

楢山節考 (新潮文庫)

楢山節考 (新潮文庫)

2度映画化されているらしいので、作品自体はそこそこ知られているようだが、作者名を言える人はほとんどいないと思う。深沢七郎という人だ。プロフィールがあったので張り付けてみる。

深沢七郎(フカサワ・シチロウ)
(1914-1987)山梨県石和町生れ。少年時代からギター演奏に熱中し、戦時中17回のリサイタルを開く。戦後、日劇ミュージック・ホールに出演したりしていたが、1956(昭和31)年『楢山節考』で、第1回中央公論新人賞を受賞し作家生活に入る。『東北の神武たち』『笛吹川』などを発表するが、1960年の『風流夢譚』がテロ事件を誘発し、放浪生活に。埼玉県菖蒲町でラブミー農場を営んだり、今川焼きの店を開いたりしながら『甲州子守唄』『庶民烈伝』などを創作、1979年『みちのくの人形たち』で谷崎潤一郎賞を受賞。

そこそこ活躍したみたいだけど、やはり知らない。無名に近いと思う。
楢山節考』は姥捨山伝説(棄老伝説)と絡んで語られていたりするし、介護問題、老々介護問題との絡みで語られることもある。
楢山節考 - Wikipedia

楢山節考』には短編が4編収められている。

・月のアペニン山・・・・P7
楢山節考・・・・・・・P33
・東京のプリンスたち・・P95
・白鳥の死・・・・・・・P167
・解説・・・・・・・・・P182・・・P188終了

となっており、楢山節考は全61ページである。作品見出し1ページ、唄の音符2ページなので、実質は全58ページの作品である。この短いページ数で、登場人物の説明や時間の流れ、村の習わしなどを過不足なく説明している。世界観も充分に構築されている。無駄がないのに無限の広がりがあるといったような構成だ。
「月のアペニン山」と「東京のプリンスたち」というのは素人レベルのどうしようもない作品だ。「白鳥の死」というのは、著者深沢七郎を評価し可愛がってくれた正宗白鳥という批評家の死についての作品で悪くない。
しかし、楢山節考だけが別格だ。他の作品は話にならない。
この作品を評価した人の言葉はいくつかあるようだが、

まず正宗白鳥という人のものを見る。
「ことしの多数の作品のうちで、最も私の心を捉えたものは、新作家である深沢七郎の『楢山節考』である。(中略)私は、この作者はこの一作だけで足れりとしていいとさえ思っている。私はこの小説を面白ずくや娯楽として読んだのじゃない。人生永遠の書の一つとして心読したつもりである」
次に福田宏年という人のものを見る。
「私は戦後三十年の日本文学の作品の中でただ一作を選べといわれたら、ためらうことなくこの『楢山節考』を挙げたいとおもいます」
三島由紀夫のものを見る。
「三島は、後年のエッセイの中で、審査員が新人の作品を読む時の心境を、年ごとに祭の神輿の若い担ぎ手が下手になっていくのを嘆く町会の旦那衆の心境に喩え、同時に審査員は「これが小説だ」という新人の出現を密かに期待して、『天才の珠玉の前にひれ伏したい気持』も伴っているとし、そういった「慄然たる思ひ」を只一度感じたのが、深沢七郎の『楢山節考』の生原稿を読了した時だったと振り返った」
というような評価が見られる。


何が凄いかってたった61ページの短編にこうした評価が与えられたことが凄いなぁと思う。
そして、確かに評価に値する作品だと思う。


★現代の、老婆死体遺棄事件

ちょうど今日(2015.2/14)こんなニュースがあった。ニュース部分は時間が経つとアクセスできなくなるから全文を張り付けておいた。『楢山節考』だと死体遺棄の次女は、実父と79歳の実母をもっと以前の70歳の時点で『楢山さま』のもとへ届けていなければいけない。するとこの種の犯罪は存在しない。

スーツケースの女性遺体、琵琶湖に遺棄容疑 次女を逮捕

朝日新聞デジタル 2月14日(土)16時25分配信
大津市晴嵐(せいらん)1丁目の盛越(もりこし)川の河口付近にあったスーツケースから女性の遺体が見つかった事件で、滋賀県警は14日、三重県伊賀市緑ケ丘中町の薬剤師、松生(まついき)多恵子容疑者(50)を死体遺棄の疑いで逮捕し、発表した。多恵子容疑者は「死んでいたので遺棄した」と容疑を認めているという。女性が死亡した経緯についても事情を聴く。

大津署によると、女性は松生澄子さん(79)で、多恵子容疑者は澄子さんの次女。1日夜、澄子さんの遺体が入ったスーツケースを、盛越川近くの琵琶湖に遺棄した疑いがある。

澄子さんは、多恵子容疑者と2人暮らし。澄子さんは半年ほど前から寝たきり状態で、多恵子容疑者が介護していたという。澄子さんの夫は1月28日に入院中の病院で病死している。澄子さんの死亡推定日時は同日ごろで、県警は関連を調べている。

遺体は今月3日、川に浮かんでいたスーツケースの中から見つかった。ひざを抱えた状況で入れられており、目立った外傷はなかった。背骨が数カ所折れていたが、折れた時期や原因は不明という。県警は似顔絵や着衣などの情報を公開して捜査を続けていた。

こういう事件の見方はいくつかある。
親が死んだことを隠しておいて、年金を受領し続ける保険金詐欺事件を目的とするもの
葬式・仏壇・お墓など諸々のお金が無くて短絡的に遺棄したもの
精神的に疲れて現実感が薄れ自暴自棄気味に遺棄したもの
虐待暴行の末の殺人事件を隠すもの
次女だから、嫁いだ長女が別にいるのだろうなぁ、とか、薬剤師なら金に困窮というまではいかないんじゃないかなぁ、とかは思う。背骨が折れていたのは不審だなぁ。病院で死んだ実父にしろ、寝たきりだった実母にしろ、負担は相当掛かっただろうなぁ、とも思う。
事件の実態は、他人には実際何も分からないので想像するしかない。

★『楢山節考』を見る


書き出しは、次の始まりから独特の世界観へと誘う。

山と山が連なっていて、どこまでも山ばかりである。

登場する場面は、登場人物たちが住んでいる山奥の名前のない村、向う村、神の住んでいる楢山の3箇所だけである。村には家が二十二軒しかない。

主人公は「おりん」という老婆だが、、作者はおりんの中に「キリスト」と「釈迦」を入れており、「自分の母親」も入れているようである。

深沢七郎は、「姥捨伝説」を、山梨県境川村大黒坂(現在・笛吹市境川町大黒坂)の農家の年寄りから聞き、それを、肝臓癌を患った実母・さとじの「自分自らの意思で死におもむくために餓死しようとしている」壮絶な死に重ねながら、老母・おりんと息子・辰平という親子の登場人物を創造した。

★70歳は楢山まいりに行く年である

70歳は楢山まいりに行く年である。
おりんは69歳で、今年70歳になる。亭主を20年前に亡くし、一人息子の辰平45歳、辰平の嫁は去年栗拾いの最中に谷底に転げ落ちて死んでしまった。孫のけさ吉16歳・次男・三男・3歳の女の子の6人一家である。おりんは、70歳になったら、楢山にいくことを当然のことと受け入れていて、何の疑問ももたずに自ら準備を進めている。辰平は、母親を楢山に運んで行くことをやらなければならないことと自覚しつつも気が進まない。

★後妻を迎える

おりんは倅に後妻が来ないことがかわいそうだと感じていたのだが、向こう村で亭主を亡くして3日前に葬式を終えた後家が一人いることを飛脚から聞く。その飛脚は後家に近い人らしく、おりんと飛脚は嫁入りの日取りを四十九日後に決めてしまう。どこの家でも結婚問題などは簡単に片付いてしまうようである。

このすぐ後に、孫のけさ吉に女がついて8人家族になり、しかも妊娠したのでひ孫が生れれば9人家族という状態になる。

常食は、粟(あわ)・稗(ひえ)・玉蜀黍(とうもろこし)等で、白米は楢山祭りの時か、よくよくの重病人でもなければ食べられない。

楢山『節』考ということで、いろいろな節(唄)が出てくる。
例えば、こういう具合である。

おらんの父っちゃん身持の悪さ 
三日病んだらまんま炊いた
これは贅沢を戒めた歌である。一寸した病気になったら、うちの親父はすぐ白米を食べるということで、極道者とか馬鹿者だと嘲られるのである。

★歯を砕く

おりんは、楢山まいりに行く気構えをずっと前からしており、行く時の村人に振る舞う振舞酒の準備や楢山へ行ってから地面に座るための筵(むしろ)も作っていた。気になっていた後妻のことも済んだ。もう一つすませなければならないことがあった。おりんは、誰も見ていないのを見すますと火打石を握って、口を開いて上下の前歯を火打石でガッガッと叩いた。丈夫な歯を叩いてこわそうとするのだった。ガンガンと脳天に響いて嫌な痛さである。これは、歯が丈夫で食い意地が張っているように見えるし、皆や孫にまで馬鹿にされるので楢山まいりまでに歯を欠かそうとしているのである。

★盗人一家全員が消える

雨屋といわれる一家の亭主が夜中に忍び込んで盗みをした。食糧を盗むことは、食糧に困窮している村では極悪人であった。もっとも重い制裁である「楢山さんに謝る」ということをされる。その家の食糧を奪い取ってみんなで分け合ってしまう制裁である。それから家探しをされる。雨屋は2代続けて盗人をした。雨屋は12人家族である。皆の畑の芋が出てきた。
「根だやしにするとしても十二人じゃ」
「コバカー、でかい穴を掘って、みんな埋けてしまえば・・・」
雨屋の一家が村から居なくなってしまったのが村中へ知れわたったのは、その翌日のことだった。

★ 山へ行く前の夜の、振舞酒

振舞酒に招待された八人の中でも一番先に山へ行った者が古参といって一番発言権が強いのであり、その人が、頭のような存在でみんなの世話人であった。酒を飲むのも一番先であって、すべてが山へ行った順で決まるのである。そして一人一人から儀式として教示してもらう。

「お山へ行く作法は必ず守ってもらいやしょう 
 一つ、~~~」

★楢山さま

4つの山を越えて、7谷というところを越せばそこから先は楢山さまの道になる。
おりんは、辰平のしょっている背板に乗って運ばれていく。
楢山が見えた時から、そこに住んでいる神の召使いのようになってしまい、神の命令で歩いているのだと思って歩いていた。登っても、登っても楢の木ばかり続いていた。そして、到頭、頂上らしい所まで来たのである。大きい岩があってそこを通り過ぎた途端、岩のかげに誰か人がいたのである。辰平はぎょっとして思わず後ずさりをした。岩のかげに寄り掛って身を丸くしているその人は死人だった。また岩があってそのかげには白骨があった。
「からすの多い山だなあ」
おりんは、岩かげ敷いた筵の上にすっくと立った。両手を握って胸にあてて、両手の肘を左右に開いて、じっと下を見つめていた。口を結んで不動の形である。それから辰平の背中をどーんと押した。

完璧な短編傑作『楢山節考』を見る-「自らの結末を自らの意思で前向きに決定する老婆」

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