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仕事に「やりがい」など存在しない、「やりたい仕事」など無くていい

★仕事に「やりがい」など存在しない、「やりたい仕事」など無くていい

仕事自体に求めるものは「やりがい」ではありません。
仕事自体で探すものは「やりがい」ではありません。
仕事自体求めるものはいくつもあります。


仕事に何を求めるか
お金(生活のため・家庭のため・現在のため・将来のため)
②外出する理由の発生(外にでる理由がないと人間はとても辛い、永遠自宅は辛い)
③人間関係の発生(良い人間関係・悪い人間関係ではない)
④何らかの帰属場所・居場所
⑤良い労働環境
やりがい
⑦その他個々人の価値観による何か

①~⑦は全て仕事に求めるものに該当する代表的なものだと思います。仕事をするうえで得られるメリットと表現してもよい。⑦は個々人ごとの価値観で自由に決めてください。
この中で⑥のやりがいは排除されなければなりません。

 「お金(給料)が断トツ1番で大切」


仕事に「やりがい」を求めてはいけない。ほとんどの仕事に「やりがい」は存在しません。「やりがい」を求める思考は間違っています。

 つまらない仕事・無駄な仕事・相手を不幸にするかもしれないが業務上必要な仕事・・などいくらでもある。


「やりがい」とは綺麗な言葉ですが偽善的・勘違い的単語です。「やりがい」を仕事に絡ませる代表的な言葉にしたのは、新聞やテレビや本や教育などの間違った功績です。

「やりがい」は本来、老人の余生における地域奉仕活動とか無償ボランティア活動などに個々人が勝手に求めればよいものに過ぎない。仕事に求めてはいけません。

 ★仕事に求めるものは「やりがい」ではない

 では何を求めるのか。
「やりがい」的なものを求めてしまいたい衝動が心の内にもしあるならば
自分が選択した仕事をするうえでの「自信(スキル)」を求めるのがよいと思います。

製造を仕事にするなら、製造に「やりがい」を求めるべきではない。
その仕事への「自信(スキル)」を求めるべきです。

 


営業を仕事にするなら、営業に「やりがい」を求めるべきではない。
その仕事への「自信(スキル)」を求めるべきです。

 


事務を仕事にするなら、事務に「やりがい」を求めるべきではない。
その仕事への「自信(スキル)」を求めるべきです。

 

 

ある仕事を選択するうえで、その職業を継続しても「自信(スキル)」を持つことが不可能な仕事を選んではいけません。

ビルの建築現場でアルバイトをしていた時、鉄筋の束を1階から4階まで何度も運びました。一緒にアルバイトを始めた体力がない男性は翌日無断欠勤して二度と現われませんでした。

 

体力が求められる職場で、体力という要素に対し「自信」がなければそのような労働に対する仕事への「自信」を持つことは不可能です。なのでそのような世界に進んではいけない。

 

営業だろうと、事務だろうと、何らかの専門職であろうとその職業を継続していく中で「自信(スキル)」を持つことができなければ仕事として長く勤めることは厳しい。

 仕事とは「やりがい」ごときがなじむような都合の良いものではないと思います。「やりがい」程度で何でもかんでも職場の理不尽を我慢できるほど甘くて綺麗な労働環境はほぼないと断言していいと思います。仕事に「やりがい」を求めるな、求めてしまう性向が内心的にあるならば、仕事にはその仕事への「自信(スキル)」を求めろといいたいです。

 

 ★「やりがい」という言葉に振り回されるな

このことは強く警告しておきたいです。僕自身が「やりがい」がある仕事に就けとか「やりたいこと」を仕事にしろといったセリフを純粋に真に受けていました。

そして、仕事を選択することが無駄に難しく感じて就職氷河期時代に就職活動しないまま大学卒業して25歳まで無職のままでした。

仕事は、「続けられそうな仕事を探せ、その中でなるべく労働条件のいい会社を探せ」というのが正解に近いと思います。

 
お金
②外出する理由の発生
③人間関係の発生(良い人間関係)
④何らかの社会的帰属場所・居場所
⑤良い労働環境
自分が選択した仕事に対する自信(スキル)
⑦その他個々人の価値観による何か

を求めてみましょう。

 「やりたい仕事」についてですが、「やりたい仕事」を求めてそれで成功しそうな人や、「やりたい仕事」がある人はそのまま頑張ってください。現実世界では、「やりたい仕事」をしている人は存在していません。現実世界では、何百万の無職・ニート・仕事をすぐ辞める転職歴数十回越え転職者・非正規雇用者・残酷な病気や障害に苦しみながら働くことすらできない人々で溢れています。

「やりたい仕事」を求めるのは綺麗事によって洗脳された勘違いです。「やりたい仕事」など無くていいのです。そうすれば、「私にはやりたいことが何もない」というような自己脳内での無駄な苦しみからは脱出できるのではないでしょうか。

99%の労働者は「大して興味がないこと」を仕事にしていると考えると気が楽になります。「大して興味がないこと」も仕事選びの範疇に加えると肩の荷が降りると思います。「やりたい仕事」に表に出ない苦痛があるように「大して興味がない仕事」にも面白さは存在しています。

 「続けられそうな仕事、少しは面白そうな仕事の中から、なるべく『給与面・労働環境面』の条件のいい会社への潜入を目指しましょう」

 色々と書いてみましたが、実際のところ10年以上も働けばはっきりと気づけるのですが、現実社会で働いている人々の大多数は最初から「やりがい」など全く求めていません。仕事に対する「自信(スキル)」を求めて頑張る人もほとんどいませんよ。働く人の7割はただ適当に仕事をこなしているだけです。

 政治家を見てると分かりやすいですね。信念がある人も誠実さがある人も責任ある「仕事」をしようとしている人も特に思い浮かびません。残念ながら現実はそんなものです。でも、それでもいいのです。それで革命を起こすような人はいません。

大多数の人は、そんなに無駄に深く考えていません。

純粋で真面目な思考は、

無駄、無駄、無駄、無駄、無駄です。

「やりがい」で悩む人は頭の中で「やりがい」を思考しますが、他人に「やりがい」を持てと口出しする人の頭の中は、「やりがい」が実際は空っぽです(他人に何かをやらせるのに都合がいいので言葉として発言しているだけです、他人のコントロールに便利です。一生懸命必要以上、過剰に働かせる方向へもっていくのに便利なコトバなのです)。社会は、現実には、皆適当なのです。さぼることばかり考えている達人も結構います。「やりがい」なんて興味がない人がほとんどです。「自信(スキル)」を持つことにも興味がない人がほとんどです。とにかく、「やりがい」は自己啓発書籍などの中だけのくだらない用語です。

 

大多数の人々が「やりがい」など全く求めていない現実社会で、「やりがい」という言葉に振り回される人は純粋すぎて不幸です

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