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友情についての考察(切断・箱環境・誘うアクション)

友情について考えます。

1 友情は切断されると消える
2 友情は「箱環境」で発生する
3 友情は遊び(退屈・暇)で発生する
4 友情は大人になると「会わない」前提で維持される
5 友情は互いの好意で発生し、誘うアクションで維持される


1 友情は切断されると消える
友情は、切断されると消えます。
典型的なものは幼少期・少年期・青年期の転校・転居・転勤による切断です。遠距離にまたがる転居は、友情の継続を不可能にし、友情を切断し、友情は消えます。私個人では、保育所2箇所、小学校3箇所の転校により、幼少期の友情は完全に切断されています。正確には、最後の小学校の人間関係は薄く残っています。都道府県をまたぐ転校など距離の移動をともなう切断の他に、何らかの原因による喧嘩によって、精神的に嫌悪感を生じると、友情は切断されて消えます。

2 友情は「箱環境」で発生する
「箱環境」とは、幼稚園・保育所・サッカークラブ等の習い事といった「箱」を意味します。私個人の子供を観察してみると、幼稚園の同じクラスに友達ができ、延長保育教室の子供たちに友達ができ、サッカークラブの箱の中で友達が出来ています。近所というのも一つの「箱」です。近所という環境が遊び相手との距離的・日常的交流につながり、友達が出来ています。さらに「箱環境」は小学校のクラス、中学校のクラス、部活動、習い事、高校のクラス、部活動、専門学校のクラス、短大のクラス、大学の専攻クラス、サークル活動、アルバイト先と様々に形を変えて存在していきます。大人になると、職場が「箱環境」のメインとなり、ひきこもり、無職、精神病による自宅療養などで「箱環境」を喪失します。専業主婦は、習い事や幼稚園のママ同士という「箱環境」を見出し、友情を発生させます。

3 友情は遊び(退屈・暇)で発生する
本質的には、友情は交流であり「時間の共有」が必要です。「時間の共有」を求める心は、「遊びたいという心理の発生(退屈・暇)」という主観的な要素にもとづいており、相手を誘って応じてくれるか、相手に誘われて、自分に時間という制約の中で退屈・暇という余裕があるか、忙しくても「遊びたい」という心理が発生するかで流動的に成立が変化します。

4 友情は大人になると「会わない」前提で維持される
大人になっても、小学校・中学校・高校・大学といった過去時代の友達を維持することはそれなりに困難です。仕事での時間略奪があり、家族、子供の存在は、余暇時間をさらに制限します。友達維持が上手な人々は、お盆休みの飲み会や年末年始の飲み会を定期的に開催して、これらの関係を維持しています。また、バーベキューやフットサルゲームの開催でも維持しています。

 私個人では、小学校・中学校に数人の友達関係または知り合い関係が薄く存在しており、高校時の友達関係は切断して消えており、浪人時代の友達関係も切断しており、大学は遠く離れた大学であったため、就職後は日本のはるか離れた地域に存在している友達数名しかおらず、年賀状のやりとりを除けば、5年とか10年に一回の割合でしか現実的には顔を合わせていません。大学時代の総合格闘技系空手道場の先輩数名との「箱環境」からの人間関係は不思議と継続しており2年に一度くらい遠くの土地まで帰省した際に飲み会等で顔を合わせています。これらを見直すと共通している事項は。過去の友情・友達・心友・人間関係はほとんどめったに「会わない」前提で維持されていることが分かります。

 過去の人々には、基本的には自分の生活リズム・生活環境では「会わない」のです。
これは重要なポイントだと思っています。
大人にとっては、「職場」が新たな「箱環境」であり、濃厚に時間略奪される場所です。職場で上手に友情をつくることも不可能ではありませんし、フットサルや草野球などの余暇活動で職場と別の「箱環境」をつくっている人達もそれなりに存在しています。

基本的には、大人になると「会う前提」の学校のクラス的な人間関係は「職場」にしか存在しません。「会う前提」が職場の人々だけになりがちなのです。

そして、職場でも同僚を除外すれば、同期やかつて仲良く勤務した先輩・後輩・上司も、過去の人間関係記憶へと移行しており、小学校・中学校・高校・大学といった「過去時代の友達・友情・心友」といった存在も、現在の時間軸には存在しない人々に変化しています。

こうしたことからも、友情は大人になると「会わない」前提で維持される、といっていいと思います。「会わない」前提というコトバによって表現される友情維持の把握の仕方は、面白いと感じます。

5 友情は互いの好意で発生し、誘うアクションで維持される
友情は片思いでは成立しません。互いの好意で段階を踏んで発展し、強固になったり、薄れたりします。いずれ、「互いの好意」が発生に必要な条件です。たいていは、何となく楽しいとか、いつも一緒にいるからとか、曖昧な成立をします。人によっては、相手の何処かに敬意を抱いたりすることもあるかもしれませんが、友情は平行的な相互関係を必要としますから、敬意は平行関係のバランスを崩すのでかえって邪魔になります。気を置かずに付き合えることが、関係性を強固にしていきます。

そして、何より大事なのが『誘うアクション』です。電話なり、ラインなり、年賀状なり、何でもよいですが、誘うアクションを両方が互いにとらなくなると、不安定になり、切断不安定状態になります。過去の「箱環境」で出来た関係性は常にこの不安定な状況にあります。そして、現在形の「箱環境」は「会う前提」なので、誘うアクションがなくても何となく友達関係は成り立ちます。しかし、時間の流れですべての「箱環境」は過去のものに変質するので、それを維持させているのは、年に一度とか数年に一度とか形は様々ですが、何らかの双方向的な「誘うアクション」です。自分の中で、「誘うアクション」を放棄したとき、一つの友情は切断されます。

 

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