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友達を持てない人々

友達分析

ひきこもりや重度障害や生まれつき病棟児童や死亡児童の友達関係などについて

⇒外部社会に存在していなければ、存在は無に限りなく近くなる

⇒存在が無に近いから、現実外社会での人間関係は拡大しない

⇒ネット等での仮想外社会との接点は存在し得る

⇒重度障害での自宅療養や入院は外社会との長期の関係切断を生む

⇒死亡児童は、予想もしない短さで人生を終える

 

産まれて数年で死亡した児童は、大人が表現する意味合いでの友達を持たずに人生を終える

近所付き合いや幼稚園などを通して、遊び友達はできるが、成育過程の初期の友達は、大人が表現する意味合いでの友達とは異なる

 

大人は、幼稚園・保育所・小学校・中学校・高校、その先の大学や職場や趣味活動を通して、「長期的に関係性が継続している存在」を「友達」というコトバで表現する

 

死亡児童は、そういった意味合いでは「友達」を持たずに生を終えたとも言える

そう、死亡児童には遊び友達(「その時期だけ友達」)はいたが、

大人表現でのコトバでは、「友達を持てずに死んだ」と感じている

 

 

また、重度障害の再発を繰り返すことは、社会との長期隔離、存在切断につながり、障害から生じる様々な要因で、外社会との関係を維持できなくなることがある

 

こういった体験は、稀なことだが、誰にでも訪れる可能性が宝くじくらいはある

 

例えば若年性アルツハイマーにかかる可能性は誰にでも少々ある

 

アルツハイマーにかかった人は、どんなに本来の性格が明るく周囲に好かれ、友情や家族愛に包まれ生涯を送っていたとしても、現在の医学段階では、全ての「友達」を失い、家族に忌み嫌われ、家族を疲弊させ、「死」に至る

(程度の違いは勿論ある)

 

ある段階まで、社会で普通に生存していても、自分の存在が社会から消える病気は数多くある、重度の統合失調症などはその代表格の一つである

統合失調症になった知人が、初期は連絡を取り合ったこともあったが、現在では関係性が断絶してしまった、年賀状を出しても帰ってこない、おそらく、自分が直接目にしたその知人の強い陽性症状から総合判断すると、重度障害に陥って閉鎖病棟に長期入院しているのかな、と勝手に思っている(あくまで主観的)

連絡が途絶えて、関係性が断絶して10年近くなる

 

 

アルツハイマーなどのある種の重度の障害は、人格を維持できない

わがままになり、突飛な他害行動を行い、自制心は消滅し、体が動ける分、介護負担は強度になる、家族によっては「早く死んでほしい」存在になる

体力が無い家族(女性や力の弱い男性)ではとても制御できないだろう

介護施設で暴行事件が時に起こるのが少しだけ感情的に理解できる

 

「脳」系の病気は、人間性を全て崩壊させるから恐ろしい

「脳」が見えない内部で腐食・浸食・変形・奇形化していく

 

友達を持てない人々

友達を作る能力が欠落せざるを得なかった人々

友達を維持できなくなった人々

友達を全て失った人々

そうした人々は意外と多く存在している、関係のない人には関係のない話だ

 

 

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